徳丸無明のブログ

雑文、マンガ、イラスト、その他

森永製菓 パリパリサンド

今日は擬音はさみです。

 

 

 

パリパリバーのサンド版。層をなすミルクアイスとチョコレートを、ビスケットではさみました。しっとりビスケットと、なめらかアイスと、パリパリチョコ。3者3様の仕事がからみ合って奏でるマリアージュ。そう、ここはカーネギーホールなのです。

意味がわからんって?僕もわかりません。

そう、意味不明。意味がわからない話をしましょう。「なんの意味があんの」って話。

国民栄誉賞とか、ノーベル賞とか、大きな賞を受賞した人が記者会見することがありますよね。んでその際の、お決まりの質問のひとつに、「受賞した実感はありますか」ってのがあるじゃないですか。記者の質問じゃなくて、受賞者がみずから口にすることもありますかね。

あの質問、なんの意味があるんですかね?

「実感ありますか」って訊かれたら、「あります」か「ありません」か、どちらかの答えしかないでしょ。あんまり話広がらないでしょ。

それに、実感あったら何?なかったら何?って思うんですよね。どちらにせよ、どーでもいーじゃねーかって。

実感があったらなんだというのですか?なかったらどうだというのですか?実感あるにせよ、ないにせよ、それはただそれだけのことで、いちいち気にかけるようなことじゃないと思うんですよね。

記者会見の時点で実感がなかったとしても、いずれ実感はわいてくるでしょう。遅いか早いかの違いがあるだけなのです。なら、「まだ実感がない」のだとしても、それは一時的なものでしかなく、最終的には実感を感じるようになるのです。

なら、過渡的な状態でしかない「実感がない」状況を、受賞者の口から引き出すことに、どれほどの意味があるというのでしょうか。僕には、無意味で無内容な質問としか思えないのです。

おそらくは、安易な前例踏襲なのでしょう。過去に誰かが行った、「実感ありますか」って質問を、ほかの記者が模倣した。したらまたほかの記者が模倣して、というのが何度か続いた。その模倣の連鎖は偶然にすぎなかったんですけど、それによって、実感の有無を尋ねるのが、大きな賞を受賞した際の、お約束のひとつになってしまった。

たぶん、そーゆーことなんだと思います。特に何も考えず、過去の会見の模倣をしているから、あまり意味がなく、身のある答えを引き出すこともできない質問をくり返している。

やっつけ仕事っつーか、ルーティン化っつーか、記者会見という仕事をこなすことができればそれでいいって記者さんが、その質問をくり出しているのでしょう。思考停止の産物ということです。

でも最近はあまり聞かないような気がしますね、「実感ありますか」。大きな賞を受賞したりとか、その記者会見を開いたりとか、そーゆーこと自体があまりなくなっているせいでしょうか。それとも、メディア関係者が、意味のないつまらん質問だということに、ようやく気づいたのでしょうか。

ノーベル賞は、こないだ生理学・医学賞を大阪大学の坂口志文特任教授が、化学賞を京都大学の北川進特別教授が受賞してましたけど、実感は訊かれてなかったようですね。無意味な質問だという理解が、ようやく浸透したようです。

 

あとそう、意味がないと言えば、お金持ちのボランティアもそうですよね。

よく、ハリウッド俳優とか、社会的成功者、セレブと呼ばれる人なんかが、ボランティア活動したりするじゃないですか。んでそれが、メディアで報じられたりしますよね。アメリカのほうじゃ、ボランティアは成功者の義務だって思われてるらしいんですね。セレブになったのなら、ボランティアして当然だって。

あれ、なんだかなぁって思うんですよね。

いや、「単なるいい人アピールなんじゃねーか」とか、そーゆーことじゃないですよ。それもちょっとは思うんですけど、主眼はそこじゃないんです。

僕が思うのは、「お金持ちはボランティアしているヒマがあったら、稼いだお金を1円でも多く消費して社会に還元したほうが、よっぽど世の中のためになるんじゃねーの」ってことなんですよ。

ボランティアは、誰でもできます。セレブひとりがそれに加わったからといって、それほど大きなプラスではない。

でも、莫大な財産の消費は、大きな影響をもたらします。お金の総量ってのは決まってますから、流通する量が多ければ景気がよくなるし、少なければ悪くなる。「より多くのお金が、より活発に動く」ほど、好景気になるのです。

だとしたら、たくさん稼いでいる人には、できるだけ多くお金を吐き出してもらわねばならない。蓄えたお金を、社会に還元すればするほど、お金の流通量は多くなり、そのぶん景気がよくなるのです。

だから、ボランティアなんかしているヒマがあったら、1円でも多く消費しろよって思うんですね。そっちのほうが、お金持ちにとっての義務だろって。

もちろんボランティアがまったくのムダとまでは思いませんよ。充分意義ありますし、やらないよりはやったほうがいいに決まってます。完全否定するつもりはないし、「いい人アピールしてるだけ」と言いたいわけでもありません。

ただ、お金持ちなら、それよりももっと社会の役に立てることがあるんじゃねーの、ってことです。それは、がっぽり稼いだお金を、1円でも多く消費して、社会に還元することだ、ってことです。

消費は消費でちゃんとやってる?消費もやったうえでボランティアをしてるって?

うーん・・・。それなら文句のつけようがないですね。うん、だとしたらすみませんでした。

それに、セレブのあたえる影響力ってのもあるかもしれませんね。セレブひとりのボランティア活動は、さほど大きなプラスにはならないにせよ、それがメディアで報じられることで、「あの人がやってるなら、自分もやってみようかな」って、ボランティアに加わる人が増えるかもしれない。セレブには、その種の影響力もあったりします。

だとしたら、そうそう軽んじるべきではないか・・・。うーむ。

ひょっとしたら、僕の考えが間違っていたのかもしれません。少し冷静にならないと。

パリパリサンドでも食べて頭を冷ましましょう。