徳丸無明のブログ

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コカ・コーラ リアルゴールド

今日は生々しい黄金です。




黄色だけれど黄金に輝いて見える、それがリアルゴールド。某ファミレスのドリンクバーにリアルゴールドがありまして、行ったら少なくとも1杯は飲みます。似ている味のドリンクありますけど、微妙に違う。「これじゃないと」って味です。
そう、リアル。なんだかとってもリアルだなー、生々しいなーって思った話をします。野性をなめるなという話。
熊本の阿蘇に、阿蘇カドリー・ドミニオンという施設があります。昔は阿蘇クマ牧場と言いました。
熊を中心とした動物園です。「天才!志村どうぶつ園」に出てたパンくんがいることで有名ですよね。
僕は熊本市生まれなので、子供のころはよく阿蘇に旅行に行っており、カドリー・ドミニオン(当時はクマ牧場)にも何度か訪れたことがあります。
たしか10歳前後のころだったと思いますけど、親戚一同と阿蘇に旅行に行って、クマ牧場にも寄ったことがあったんですよ。そこで、忘れられない光景に出くわしたのです。
園内に、子熊と一緒に写真を撮れる場所があったんですね。有料だったかどうかは覚えてませんが、飼育員さんが子熊をかかえてて、その隣に座ったら、子熊に角砂糖だかお菓子だかを食べさせて、客にだっこさせる。子熊がモグモグ食べてるあいだに写真を撮る、という手順になっていました。
子供と言えど、熊だから危険なのですね。何か食べさせていないと、噛みついてしまうかもしれない。だから撮影の最中は、必ずエサを与える決まりになっていたのです。
子熊をだっこできる時間は、極めて短いものでした。エサを食べ終えたら噛みつかれるかもしれないので、咀嚼が終わる数秒で撮り終えないといけなかったのです。
僕も写真を撮るため、列に並んだのですが、そのとき気になるものを見つけました。そこの建物、床が白か、クリーム色だったのですが、子熊と飼育員さんがいるあたりの床に、赤い跡があったのです。
それは、血のように見えました。血糊が床にこびりついているように見えたのです。
僕は思いました。子熊が客に嚙みつき、血をほとばしらせたのではないかと。
気になったので、一緒にいたイトコの姉ちゃんに、「あれ血じゃない?」と訊いてみました。しかし姉ちゃんは、苦笑しながら「血だったらそのままにはしとかんやろ」と答えました。
でも僕は納得しませんでした。どうしても血に思えたのです。
たしかに、今になって思うと、血をそのままにしておくのは考えにくい。でも、その赤い模様は、血が飛び散ったような形をしていたのです。
血じゃなかったらペンキということになりますが、ペンキがたれたというには不自然な模様でした。周囲に赤く塗られてる場所もありませんでしたし、そこだけペンキがこぼれるというのは、あり得ないような気がしました。
やはり、あれは血だったのではないか。
なんか、昔ってけっこう大雑把でしたよね。事件が起きてもあまり騒がないというか、「そういうこともある」とか、「よくあることさ」みたいなかんじで処理されちゃう事例がけっこうあったと思うんです。今が騒ぎを起こしすぎ、とも言えるかもしれませんけどね。
とにかく、昔はあまり事件が騒ぎにならなかった。だから、熊が客にかみつくという事件が起きても、園が記者会見を開いて謝罪するとか、休園を余儀なくされるとか、そーゆー事態にもあまり至らなかったと思うんですよね。
だから、熊が客に嚙みつき、血が床に飛び散って跡が残っても、あまり気にせずそのままにしちゃうとか、修復にかかるお金を惜しんで、拭き掃除だけですませちゃうとか、そんなこともあり得たんじゃないかと思うんですよ。
いや、ぜんぶ推測ですけどね。でも自分の中じゃ、あれはやっぱり血だったと思うんです。子熊が客に噛みつき、周囲に血をまき散らしたのだと。
園の関係者に訊いてみたい気もします。あなたの動物園、熊が客に噛みついたことありますか、って。

 

動物と言えば、こんなこともありました。

熊本の、とある温泉地に行ったときのことです。こちらもたぶん10歳か、もうちょっと前だったと思います。

家族と、父親の友人数名とで訪れたんですけど、合間に、母親と弟と3人で、周囲を散歩したんですね。古い建物の多い、現地で働いてる人たちが住んでる温泉街でした。

歩いていると、石造りの階段にさしかかりました。僕ら3人は、階段を降りてみることにしました。

少し行くと、階段の途中に、鎖でつながれた猿がいました。首輪をつけられ、そこから伸びた鎖が地面に打ったクイに付けられていました。

あたかも、庭で飼われてる犬のように、路上で猿が飼われていたのです。

母は驚き、「猿がおるたい」とつぶやきました。僕はそのとき、猿が飼われている珍しさをあまり理解できず、「ああ、猿がいる」ぐらいに思っていました。

猿は座ったまま、こちらを見ていました。母は、「大丈夫とね?」と、少し不安な様子を見せました。

猿がつながれていたのは、階段のすぐ横で、さらに階段を降りるためには、猿の横を通らないといけません。横を通っても大丈夫なのか。猿は襲ってこないのか。大人しい猿なのか。母はそんなことを考えたのでしょう。

しかし、路上に堂々とつながれているという状況を鑑みて、安全だからこうしているのだろうと踏んだ母は、僕と弟を連れて、猿の横を通り抜けようとしました。

その瞬間、猿が牙をむいて飛びかかってきました。僕らは慌てて走り抜けました。間一髪で、猿の襲撃をかわすことができたのです。

通り抜けたあとでふり返ってみると、猿のいる位置に横道があり、その横道を曲がったすぐのところに、「危ないから近寄らないでください」という注意書きがしてありました。階段を降りてくる方向からは死角になっていて、その注意書きの立て看板は見えなかったのです。

僕らは動揺しながら立ち去りました。猿から去ったのです。猿から去る。

そのときは、ただ驚いただけというか、散歩の途中のちょっとした出来事くらいにとらえていました。ですが、今ふり返ってみると、けっこうとんでもないことだったんだな、と思います。

まず、猿を飼っていいのか、ということです。飼っていい動物を規定しているのは、ワシントン条約特定外来生物法だそうで、ニホンザルは、当時も今も、どちらにも引っかからないと思います(ちゃんと調べたわけじゃないから、たぶんですけど)。

しかし、飼うにしても、許可はいらなかったのでしょうか。その温泉地の猿は、おそらく地元の人が、そのへんの野生の猿をとっ捕まえて飼っていたはずです。許可は、たぶん取っていなかった。

いや、そもそも猿を飼うのに許可がいるのかどうかはわかりませんし、今はいるけど当時はいらなかったのかもしれません。すべては憶測です。

ただ、法的には問題なかったとしても、路上で飼ってたのは、だいぶ問題含みだったと思います。だって、すごく危なかったから。

僕らは猿の襲撃をなんとかかわすことができましたけど、それは偶然にすぎません。もし、あと一歩でも猿に近寄っていたら。猿の反応が、あと少し速かったら。僕らの回避行動が、あと少し遅かったら。そうしたら、猿にやられていたはずです。

そうなったら、どんな目に遭っていたでしょうか。爪で引き裂かれていたでしょうか。牙を突き立てられていたでしょうか。

仮にケガをしても、それが治るレベルだったらまあいいですよ。でも、治らないレベルだったら?目をえぐられて失明するとかですね。

そうなっていた可能性もゼロではないのです。思い返すだに恐ろしい。

「近寄らないでください」という、立て看板の位置もおかしかった。階段の上のほうからは見えない位置に置いてあったのですから。

猿を飼っていた人は、極めてずさんだったと言わざるを得ません。見ざる聞かざる言わざる。

このずさんさを思うと、猿に襲われてケガをしてしまった人は、何人かいたのではないでしょうか。そう考えるのが自然です。

しかし、そんなことがあったとしても、当時は日本全体がずさんで、大きな問題にはならなかったような気もするのです。飼い主が治療費を払っただけでおしまいになっていたのではないか。あるいは、ケガをした側が、飼い主を特定して責任追及したりはせず、やむを得ない不運として受け入れていたのではないか。そんな気がするのです。母が当時、おおごとにしなかったように。

つまり、路上で猿を鎖につないで飼うのは、いろいろと問題含みではあったものの、時代のゆるさのせいで大きな問題に発展することはなかったのではないか。そんな、今となってはあり得ない、昭和のひとコマなのではないか。記憶をふり返って、そう思うのです。

皆さん、熊本は人外魔境です。命をすてる覚悟でお越しください。

 

 

ちなみにですが、この記事、gooブログ時代に下書き保存していたもので、前半の熊の話まではgooブログの編集ページで書いていたんですね。

で、猿の話からははてなの編集ページで書いたんですけど、改行した際の、スペースの空き具合が違ってるんですね。はてなのほうが、改行のスペースが広いのです。

gooとはてなの違いが、この記事の前半と後半に表れているのです。

画像をアップしたのもgooのときなので、カーソルを合わせてもプラスの虫眼鏡になりません。

ただそれだけなんですけど、これもブログ移行の痕跡のひとつということで。

gooブログ時代に下書き保存していた食の記事、これがラストです。次回からは100パーセントはてな作成の記事になります。